被虐待児ですがなにか

生きにくさを抱えた人間の日常。とどけ平凡。

殻に閉じ篭っていた

死にたいという思いは体力気力を使うと知り、薬をきちんと飲むようになってから調子がいいです。
やりたいことがやれる、日々が普通に過ごせる。
こういう状態は久しぶりで、今までいかに大丈夫じゃなかったのか、治療が必要な状態だったのか、思い知ることになっております。
過信ダメ、ゼッタイ。

まあ、そうはいっても自分は大丈夫、カウンセリングは受けるけど、薬に頼るほどではない、と思う気持ちがでるのはしかたないですね。
だって今までがもっとひどい状態で、そこから今は何もない、安全な状態になったのに、そのときこそ薬というものが必要だって思うのは難しかった。過去の自分と向き合って、その傷を自分のものにすれば終わる、という知識だけが先行して、そこに付随する大変さなんて知識上だけのものとして軽く見ていました。
きっとこれが、自分の状態を過小評価するというC-PTSDの症状のうちの一つ。

良くはなっていて、徐々に上向いてはいるけれど、たぶんここがスタートラインでしかないんだろうなという気がします。
今までは、きちんと自分の状態を把握できてなかったから。

人に対する信頼感、も、徐々に回復している気がする昨今。
今までの壁を作って自分を守って、守るつもりが遠ざけるだけで自分にとって悪い状態を作り出していた、それを壊せる時が来るんだろうという希望が見えました。